研究留学

【研究留学体験記/1年目】2021年を振り返ってみて。得られたものなど。

A Year of Transition: From Frontline Medicine to Basic Research

さて、2021年も最終日となりました。

少し時間が出来たので、忘れる前にこの1年間について振り返ってみたいと思います。

初見の方もいるかもしれないので、ざっくり自己紹介しておきますと、私は日本の呼吸器内科専門医で今年から肺がんの研究を続けるために渡米しました。

「こるく31」という匿名のペンネームでブログをやっていますが、医局の人達には知られているので、特に攻めたことは書けず、差し障りないことしか書いていませんが、よろしくお願いします。

では、さっそく行きましょう。

 

コロナ診療@日本

時間が経つのは早いもので、思い返すと昨年末の今頃はコロナ禍のピークで、私は呼吸器内科医として診療の最前線にいました。

同僚が感染したり、挿管患者さんが出るたびに夜中でも病院に呼ばれたりと、いま思うと本当に大変でした。

当時は非常に怖かったですし、診療体制などにも不満を持っていましたが、そこは上司や同い年の同僚、色々イケメンな後輩に恵まれたお陰で、乗り越えることが出来ました。

 

振り返ってみると、所属していたコロナチームが地域団体から表彰されるなど、逃げずに最前線で診療を続けたことは、長期的にみると自己肯定感を高めることにつながったと思います。

まあ、大変でしたが。

 

渡米~研究開始

話が全く進まない、注文が来ない、買ったものが壊れているなど、当初は文化の違いに大いに戸惑いました。

しかし、不思議なもので、だんだんと細かいことは気にしなくなり、しつこく頼めば意外と融通がきくところもあって、居心地が良くなってきました。

例えば、電車に乗ったときに座席が全て進行方向の逆を向いているなど、日常生活を送っていると小さなツッコミ所がたくさんありますが、最初はイライラしていたものが、だんだんと楽しくなっていきました笑

渡米後、特に印象に残ったことについては、項目を立てて書いていこうと思います。

 

「日本人」が与える印象

これは前回の記事でも書きましたが、もう一回書きたいぐらい印象に残っています。

Three Months in the US: Reflections on Cancer Research and Adjustment to a New Culture
【研究留学体験記/3か月目】アメリカで生活を始めてみて感じたこと。この記事では、アメリカの大学での研究者としての経験、文化的交流、ラボ内の日常、そしてコロナ禍での制限の変化について詳細に紹介しています。また、日本人としてのアイデンティティがどのように受け止められているか、そして新しい環境での適応についての洞察も提供しています。...

私の施設では日本人が少ないためか、「日本人だよ」というと相手のテンションが一段階上がるのが分かります。

そして、大抵アニメやマンガ・ゲームの話になりますが、幸い、私はそれらの幅広い知見を持ち合わせているので、相手を十分に満足させることが出来ます。

とまあ冗談ですが、実際に話を聞いてみると「日本人」は洗練されており、仕事が丁寧、勤勉で、協調的という印象を与えるようです。

なので、初対面でも割と好意的に接してくれることが多く、そういったことを何度も経験してきました。

ちなみに、それと関連して自分のラボ以外のPIからも「留学希望の日本人を紹介してくれない?」などと言われたりします。

残念ながら日本人の英語力が低めなことは割と知られていますが、それを上回る魅力を持っているようです。

 

働く時間

時折「西海岸の人達は働かない・緩い」などと言われていますが、実際に働いてみたところ「あっ、本当に緩いんだな」という感じです。

もちろんラボによるので、一概には全く言えません。

西海岸でハードワークをされている方々ごめんなさい!

しかし、私のラボでは基本的に土日は人が来ませんし、平日でも来ない人が多いです。

それぞれ論文を書いていたり、データを解析していたりと理由はあるでしょうが、それでも如何せん働いている時間が少ないと思います。

12月は特にラボにいる人が少なく、11月のThanks Giving ~ 1月のNew Yearsまではつながった休暇と捉える人が多いようです。

私はラボで一人で働くのが好きなのでいいですが、これが来たばかりの4月だったら正直キツかったと思います。

東海岸で働いている同僚の方の話を聞くと、やはり皆さんもっと働いているように思います。

なので「自分のラボ大丈夫か?」「日本人の自分は東海岸の方が合っていたのか?」などと若干、不安になります。

この緩さのメリットを1つ挙げるとすれば、大して働いていなくてもボスの信用が得られやすいことでしょうか。

まあ、これは割と大事ですが。

 

あと、少し意外なのがこの緩い環境でも当施設では定期的にノーベル賞の受賞者を出していることです。

私にとっては想像の世界ですが、焦らずに腰を据えて研究をするのもサイエンスにとっては良いのかもしれません。

 

「MD+PhD」が与える印象

これは渡米前に日本のボスYからも言われていたことですが、MDとPhDを持っていると、あらゆる業種の方からリスペクトされます。

日本にいた頃は、ハカセ号?とあまり伝わらなかったり、大学だと大勢持っていたりと、注目されることは少なかったです。

また、日常診療を行う上でも特にメリットはありませんでした。

しかし、アメリカでは第三者に自分を紹介してもらう時など、必ずと言っていいほど、MD+PhDとして紹介されます(大学のネームプレートにも名前の横に資格が記載されます)。

そして前述したように、割とリスペクトされるので、基礎知識で劣っていてもラボメンバーが優しかったり、コラボレーターとのやり取りも大学院生の頃よりスムーズだと感じています。

一方で、MD+PhD持ちのポスドクは、アメリカではPIになる前の最後の訓練期間とも考えられているため、何かとアドバンテージが多い分、自分への要求レベルも高かったりします。

 

成果物

一瞬「くだもの」と読みそうですが、渡米後に得られた「せいかぶつ」についても書いておきます。

この記事のタイトルにあった「得られたもの」とはこの部分が主に該当します。

 

・Perspective Article 一報(予定):

Research Articleではないので微妙ですが、以前に落とされた経験があるジャーナルに掲載されそうです。

この経験を通して、ネイティブの文章力の凄さを体感しました。

 

Education Award受賞、Oral Presentation予定:

国際学会にSubmitした、Abstractが受賞しました。

来年、Oral Presentation予定です。

太っ腹でして、登録料・移動費・宿泊費・食費を全て学会側が負担してくれることになりました。

ボスも大喜び。

口演発表以外に、ディナーセレモニーにも参加することが求められており、今から楽しみです。

 

逆に、欲しかったのに得られたなかったものは、来年度の助成金。

嗚呼、、やはり厳しい世界。

また来年がんばります。トホホ。

ちなみに、留学2年目以降をサポートする助成金は数が少なく、少しハードルが上がります。

 

研究留学に対する考えが変わった

日本にいた頃は「米国でしか出来ない研究をしなければ行く意味がない」「人生経験で何となく渡米したいなんて甘い考えだ」などと、我ながらツンツン硬派な考えを持っていました。

が、いざ来てみて思うのは「日本でも出来ちゃう研究」や「人生経験」でもいいと思います。

まったく新しい異国の地に足を踏み入れ、そこで生活を立ち上げ、プロとして働くだけでも学ぶべきことが沢山あります。

これまで自分が築いたちっぽけな自信を壊したり、日本という国や今までの自分を客観的に評価できるのは、それだけでも貴重な体験ではないでしょうか。

 

しかし、分かっています。

 

留学は如何せんお金がかかりますし、臨床経験からも遠ざかりますし、家族の事情、医局との兼ね合い、助成金など、たくさんのファクターが関わってきます。

また、長いスパンでこの留学がどう人生にプラスに働くかは全く分かりません。

あと、単純にハードだったり、留学する場所によっては凄い孤独です。

なので、研究留学は万人にお勧めできるものでは到底ないですが、私は来て本当に良かったと考えています。

 

環境によって人の意見は全く違う

日本では「絶対に無理」と言われたことでも、こちらでは「絶対に大丈夫」という真逆の返答を頂くことがありました。

詳細は長くなるので書きませんが、環境によって人の意見は180度ちがうんだなと思うような面白いエピソードがありました。

 

まとめ

1年の最後に思いつくことを色々と書きましたが、大雑把に纏めると、「アメリカに来て良かった」ということです。

所々ふざけてしまい申し訳ありませんでしたが、私を支えてくれた方々には今でも本当に感謝しています。

 

自分を育ててくれたLKチーム

呼吸器内科

助成金を頂いた団体

など

 

また、実は渡米してから追い込み過ぎて、1, 2週間ほどラボにどうしても行けない時期がありました。

その時に「なぜ自分が研究を続けるのか」いま一度ゆっくり考えてみたところ、それは「肺がん患者さんのQOLを上げたい」という自分の夢の実現ということに帰結しました。

日本にいたころ、私を叱咤激励してくれて原動力を与えてくれた患者さんの方々にも、この場を借りて感謝したいと思います。

ありがとうございました。