なぜアメリカに残らず日本へ帰国したのか?5年間で見えた日米のリアル

先日の記事で、約5年間のアメリカ研究留学を終えて日本へ本帰国し、製薬企業のR&D部門へ進んだことをご報告しました。
帰国後に知人や同僚へ近況を伝える中で、私の帰国や新しい挑戦に対して温かいコメントをいただくことが多く、大変ありがたく感じています。一方で、そうした会話の中で最もよく聞かれるのが「なぜアメリカに残らず、日本に帰ることを選んだのか?」という質問です。
海外で研究していると、「そのまま現地でアカデミアに残るのか、企業のポジションを狙うのか、それとも帰国するのか」という選択肢に多くの方が悩まれると思います。私自身、5年間アメリカの最前線で研究する中で、アメリカの圧倒的な強さも、逆に日本という国の素晴らしさも、どちらも肌で感じてきました。
そこで今回は、5年間の生活で見えてきた「アメリカと日本の光と影(良さと課題)」を整理しつつ、最終的に私が日本への帰国を選んだ理由について、率直な思いを綴ってみたいと思います。なお、日米の比較にはどうしても主観が入りますが、どちらの国が優れているという話ではなく、あくまで「一人の日本人医師・研究者から見えた景色」として読んでいただければ幸いです。
アメリカの「光」:世界の最先端で、本質だけに集中できる場所
まず、5年間過ごしたアメリカの研究環境・社会には、間違いなくそこにしかない魅力がありました。
- 世界の最先端にいる感覚 サイエンスの規模感やスピード、世界中から集まる優秀な頭脳と同じ土俵で戦っているというヒリヒリするような高揚感は、何物にも代えがたい経験でした。普段キャンパスですれ違っているような人たちの中から、実際にノーベル賞受賞者が誕生する—そんな文字通り「世界の最先端」にいる実感がありました。
- 実力主義と外国人への寛容さ バックグラウンドに関わらず、結果さえ出せば正当に評価される文化があります。また、移民の国であるため、アクセントのある英語や文化の違いに対しても比較的寛容です。私自身、幸いにもボスの信頼を得ることができ、留学中に大きなグラントを獲得した際には、自分専属のアシスタントを2人もつけてもらうなど、成果に対してダイナミックに報いてくれる環境がありました。
- 「意志力」を消費しない大雑把さ 私が個人的にとても好きだったのが、良い意味での「大雑把さ」と「他人に過度な興味を持たない文化」です。細かい形式や体裁にこだわらないため、日々の些細なことでウィルパワー(意志力)を削られず、「本当に重要な本質的な仕事(実験やデータ解析など)」に全エネルギーを集中させることができました。
アメリカの「影」:深まる社会のひずみと、外国人としての限界
一方で、特にここ数年で強く感じるようになったのが、アメリカ社会の歪みと、外国人として生き抜くことの過酷さです。
- インフレと教育・医療の歪み 近年のインフレはすさまじく、生活コストは跳ね上がりました。さらに深刻なのが教育費と医療です。例えば、アメリカの医学部を卒業する頃には数千万円もの借金を背負うケースも珍しくありません。また、最先端の医療技術がある一方で、保険制度は複雑怪奇で、一般市民が受けられる医療の質やアクセスには大きな疑問を感じざるを得ませんでした。実際、私自身も皮膚科の専門医を受診するまでに3か月も待たされた経験があります。
- 治安の悪化とジョブマーケットの冷え込み 日常生活の中で、社会の格差を実感する場面も年々増えていきました。街中や近所のお店で、生活に困窮している方の姿を目にすることが日常の一部になっており、豊かさと困窮がすぐ隣り合わせにあることを肌で感じました。あわせて、住む地域や時間帯によっては、治安面で気を配る必要のある場面も増えたように感じます。また、バイオテックやテック業界を中心にリストラが相次ぎ、新卒ですら採用が見送られるなど、ジョブマーケットの厳しさも年々増していました。
- 外国人には「120%の努力」が求められる 先ほど、アメリカの魅力として「外国人に寛容」であることを書きました。一方で、ビザ(永住権)の問題や言語・文化のハンディキャップがある外国人が現地でポジションを勝ち取り、さらにそこから這い上がって実力を示すには、現地の人の100%ではなく「120%の努力と自己犠牲」を払い続ける必要があるように感じました。
帰国して再発見した日本の「良さ」と「課題」
そんなアメリカ生活を経て日本に戻ってくると、渡米前には「当たり前」だと思っていた日本の良さに改めて驚かされました。
毎日のQOL(生活の質)を底上げしてくれる環境
水や食べ物が安くて美味しいことはもちろんですが、人々の勤勉さや人柄の良さ、そして社会全体の効率の良さには感動すら覚えます。
少し個人的な具体例を挙げると、帰国してから以下のような「当たり前の幸せ」を噛みしめています。
- アメリカではシャワーのみの生活だったが、日本では毎日湯船に浸かって疲れを癒やせること
- アメリカではマンションの共用ランドリーまで洗濯に行く必要があったが、日本では自宅にドラム式洗濯機があり、家事が圧倒的に快適なこと
- 愛飲していた日本の「りんご酢」がいつでも近所のスーパーで買える便利さ(ちなみに、アメリカの「Apple Cider Vinegar」は似て非なる全くの別物でした……)
- アメリカでは週1回のスターバックスが楽しみだったが、日本では気軽に落ち着いた喫茶店にいつでも行けること
こうした日常の細やかな快適さや便利さが、日々の生活の満足度を大きく底上げしてくれていると感じます。
日本の「快適さ」の裏返しにある課題
もちろん、日本にも欠点はあります。帰国して感じるのは、やはり「グローバル化の遅れ」です。ただ、これは日本という国があまりにも快適すぎるため、「わざわざ外に出る必要がない」という構造的な理由もあるのだと思います。
また、これは特定の職場に限らず日本の組織全般に言えることだと思いますが、仕事が正確で丁寧な反面、細部の調整に多くの労力が割かれる場面も少なくありません。合意形成を重視する文化ゆえに、会議を重ねて関係者の納得を得てから進むことが多く、意思決定に時間がかかる傾向もあります。
もちろん、それは慎重さや丁寧さの裏返しでもあり、日本の仕事の質の高さを支えている部分でもあります。ただ、アメリカのスピード感に慣れた身としては、まだ少しもどかしさを感じてしまうところでもあります。
日米両方の選択肢を手にした上で、私が「日本」を選んだ理由
こうして日米のメリット・デメリットが見えてくる中で、いよいよ次のキャリアを決める時期がやってきました。
実は、最終的に日本への帰国を決める前、自分の現在の実力を試したいという思いや、「もし帰国後にやっぱりアメリカに戻りたくなった場合」を見越して、日本での本格的な就活に先行してアメリカでも製薬企業のジョブハントを行っていました。
先ほど触れた通り、永住権(グリーンカード)を持たない外国人というハンディキャップは想像以上に大きく、厳しい戦いでしたが、結果的にアメリカの1つのポジションから仮のオファーをいただくことができました。しかし、アメリカの選考に時間がかかっている間に、並行して偶然1社だけ受けていた日本の現在のポジションがいち早く決まっており、両方の選択肢を真剣に比較した末に、最終的には「日本への帰国」を選びました。(※このアメリカでのジョブハントのリアルな経験については、また別の記事で詳しく共有できればと思います)
アメリカのポジションという魅力的な選択肢がありながらも、私が日本を選んだ決め手は大きく4つあります。
① 「120%の努力」を続けるフェーズから、人生のバランスを大切にするフェーズへ
私は挑戦することが好きですし、アメリカの厳しい環境に身を置いた5年間は間違いなく人生の財産です。もちろん、アメリカのすべての職場で常に120%の努力が求められるわけではありませんが、少なくとも外国人としてトップ大学のアカデミアや大手の製薬企業で生き残っていくためには、そうしたハードワークが不可欠だと私は感じていました。 「この先もずっと、120%の努力と犠牲を払い続ける生き方をしたいか?」と自問したとき、答えはNoでした。これからの人生は、仕事での挑戦と同じくらい、プライベートの充実やワークライフバランスも大切にしたいと考えたのです。
② 「移民一世」としての限界と、日本で培ってきた人脈の価値
どれほどアメリカで頑張っても、私は現地では「移民一世」です。ゼロから築いたネットワークにはどうしても限界があり、ここぞという時に強力な人脈を行使するのは容易ではありません。一方で日本には、医師として、そして研究者としてこれまで培ってきた大切な人脈やコミュニティがあります。自分が持つアセット(資産)を最大限に活かせるのは、やはり日本というフィールドでした。
③ 日本の「ドラッグロス問題」への貢献という新たなやりがい
もちろん、アメリカで「がんの根絶」や「新薬の開発」に携わることには大きな大義があります。ただ、日本に帰国して働くことを考えたとき、以前から強い関心を持っていた「日本のドラッグロス問題(海外で使えている薬が日本に届かない問題)」の解決に、微力ながら自分も貢献できるかもしれないという思いが湧いてきました。日米の両方の現場を見てきた自分だからこそ、日本の患者さんや創薬エコシステムに対して果たせる役割があるのではないか。少々おこがましいかもしれませんが、そうした「社会貢献のしやすさ」や手触り感も、日本を選ぶ後押しとなりました。
④ 自分のアイデンティティは「日本人」であると気づいたから
そして最後は、とてもシンプルな理由です。幼少期の滞在も含めると、私はこれまで計10年間ほどアメリカに身を置いてきました。多様性があるアメリカを長い期間かけて経験したからこそ、逆説的ですが「自分は日本人である」というアイデンティティを強く自覚するようになりました。どんなに英語で仕事ができるようになっても、自分の根底にある価値観や幸福感は、日本の文化や社会の中に根ざしているように感じました。
まとめ:帰国から数か月経った今のリアルな心境
アメリカに残るか、日本に帰るか。キャリアの選択に絶対的な正解はなく、「結局は人それぞれ」なのだと思います。
リスクや生活のハードルを受け入れてでも、世界の最前線で挑戦し続けたい人にとっては、アメリカは最高の舞台です。一方で、これまでのキャリアや人脈を活かしつつ、安心・快適な生活基盤の上で腰を据えて社会に貢献したい人にとっては、日本も非常に魅力的な環境だと思います。
日本に帰国し、新しい職場で働き始めてから数か月が経過しました。今の率直な気持ちを言えば、「自分の場合は、やはり日本に帰ってきて良かった」と感じています。
ただ、これもあくまで「今の時点での答え」であり、今後数年経ったときに自分がどう感じているかは分かりません。もしかしたら、また日本の環境に物足りなさを感じて、海外に目を向けたくなる日が来るかもしれません。それでも、アメリカでも戦える手応えを得た上で、自分の意志で日本を選び直したこのプロセスには、とても納得しています。
これから留学を目指す方や、現在海外にいて帰国後のキャリアに悩んでいる方にとって、私のこうしたリアルな葛藤と決断が、ご自身のキャリアや価値観を見つめ直す一つのきっかけになれば嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!