キャリアデザインに迷うあなたへ:マズローの「欲求5段階説」から考える3つのヒント

さて、以前に「キャリア選択に迷うあなたへ:次の一手を見つける3つの指針」という記事を書かせていただきましたが、ありがたいことに、その後も色んな方からキャリア相談をいただく機会がありました。
そうした中で、一つ気付いたことがあります。それは、記事で触れた「人生のミッション」について、うまく設定できずに悩んでいる方が結構多いということです。
例えば、こんなパターンです。
- 「憧れのCEOになる」「△△大学の教授になる」といった、あまりにも具体的すぎるミッション
- 「お金持ちになりたい」「自由に暮らしたい」といった、漠然としすぎているミッション
前者は一見しっかりしているように見えるのですが、よく聞いてみるとミッションというよりも「社会的地位」や「通過点」に近いことが多いように感じます。後者は方向性としては悪くないのですが、キャリアを導く軸としては少し機能しにくい印象です。
皆さんはどうでしょうか?ご自身のミッションを思い浮かべてみて、どちらかに当てはまるものはありませんか?
かく言う私自身も、今でもキャリアについて悩んだり、時には挫折しそうになったりを繰り返している身です。そんな私が偉そうに語れる立場ではないのですが、それでも自分なりに考えてきたことがあるので、今回はその内容を共有したいと思います。手がかりにするのは、心理学者マズローの「欲求5段階説」です。
マズローの欲求5段階説とは

マズローの欲求5段階説は、人間の欲求を5つの階層に分けて整理した有名な理論です。簡単におさらいすると、以下のようなピラミッド構造になっています。
- 自己実現の欲求:自分の可能性を最大限に発揮し、「本来の自分」になりたいという欲求
- 承認欲求:他者から認められたい、尊敬されたいという欲求
- 社会的欲求(所属と愛の欲求):家族や友人、組織など、どこかに所属し、愛されたいという欲求
- 安全の欲求:身の安全、経済的な安定、健康の維持など
- 生理的欲求:食事、睡眠、呼吸など、生きていく上で最も基本的な欲求
マズローによれば、人は下位の欲求が満たされるほど、より上位の欲求を求めるようになると言われています。そして、最上位に位置するのが「自己実現の欲求」です。
ここで一つ大切なポイントがあります。それは、下位4つ(生理的欲求〜承認欲求)は「欠乏欲求」と呼ばれ、「足りないものを埋めたい」という動機で動くのに対して、最上位の自己実現だけは「成長欲求」と呼ばれ、「よりよくなりたい、自分らしくありたい」という前向きな動機で動く、という点です。この違いが、実はミッション設定においてとても重要になってくるように思います。
人生のミッションは「自己実現」に置く
先ほど挙げた具体例を、マズローの視点で眺め直してみると、見え方が変わってきます。
「憧れのCEOになる」「△△大学の教授になる」といった目標は、よく見てみると、社会的な地位や評価を求める承認欲求(第4段階)に根差していることが多いように思います。一方、「お金持ちになりたい」という目標は、経済的な不安を解消したいという安全の欲求(第2段階)の現れかもしれません。
つまり、これらはいずれも「欠乏欲求」を満たすための目標であって、最上位の「自己実現」にはまだ届いていません。
私の提案は、人生のミッションはこの最上位にある「自己実現の欲求」のレベルで描くということです。「自分は何を成し遂げたいのか」「自分の人生を通じて、世の中や身近な人々にどんな価値を残したいのか」―そんな問いから出発してみて下さい。
例えば私の場合、以前の記事で書いたように「がん患者さんのQOLを向上させる」というミッションを掲げています。これは特定の職位や組織に縛られていません。臨床医としても、基礎研究者としても、あるいは製薬企業の一員としても、色んな形を変えながら追求できる目標です。だからこそキャリアの選択肢に幅が生まれ、環境が変わっても揺らぎにくい軸になってくれているのかなと、今のところは感じています。
ミッションを「一段上げる」イメージ
抽象的な話が続いたので、少し具体例を挙げてみます。承認欲求レベルのミッションを、自己実現レベルに書き換えてみると、こんな感じになるのではないでしょうか。
- 「△△大学の教授になる」 → 「自分の専門分野で、次世代の研究者を育てる」
- 「憧れのCEOになる」 → 「自分の手で、世の中に新しい価値を生み出す」
- 「有名な外科医になる」 → 「一人でも多くの患者さんの人生を支える」
いかがでしょうか。左側は「達成したら終わり」の目標ですが、右側は形を変えながら一生追い続けられる方向性になっています。この違いが、自己実現レベルのミッションの特徴かなと思います。

自己実現レベルでミッションを描くメリット
このように自己実現を軸にミッションを描くことには、いくつかの良さがあるように感じます。
一つ目は、環境の変化に強いことです。「憧れのCEOになる」という目標を掲げていても、その会社の経営状況が変わったり、ご自身のライフステージが変化したりすれば、目標そのものが成り立たなくなってしまうかもしれません。一方、自己実現レベルのミッションは、どんな職種や環境になっても、形を変えて追求し続けることができます。
二つ目は、他者との比較に疲弊しにくいことです。欠乏欲求、特に承認欲求は、本質的に「他者からの評価」に依存しているため、どうしても周りと自分を比べてしまい、心が消耗しがちです。一方、自己実現は自分の内側から湧き出てくる動機なので、他人のモノサシに振り回されにくくなります。
三つ目は、枯渇しないモチベーションの源泉になることです。具体的な目標は、達成した瞬間に燃え尽き症候群のような状態になりがちです。しかし、自己実現は「状態」や「方向性」の追求であって、「ここまでやれば終わり」というゴールがありません。だからこそ、長く人生を支えてくれる軸になってくれるように思います。
欠乏欲求に引っ張られると、何が起こるか
補足するために、欠乏欲求レベルのミッションを掲げ続けると、何が起こってしまうのか想像してみたいと思います。
例えば、承認欲求を軸にしている場合。いつまで経っても他人の評価が気になり続けるのではないでしょうか。自分が選んだ道が正しかったのか、誰かの同意を得ないと不安になる。気付けば会話の中に自慢話が増えていく。そんなふうに、自分の軸を外側(他人の評価)に置き続けることになってしまう気がします。
お金(安全の欲求)を軸にしている場合も、似たような構造がありそうです。「いくら稼いだか」という数字を追いかけるゲームになってしまい、どれだけ稼いでも「もっと」という飢えが収まらない。一度ゲームに入ってしまうと、降りるタイミングを失っていく。そんな状況が想像できます。
もちろんお金も評価も、人生において大切な要素です。ただ、それを成長欲求への「土台」ではなく「ミッションそのもの」にしてしまうと、どこかで苦しくなったり、様々なライフイベントに対応する柔軟な補正ができなくなってしまうように思います。
ミッションを支える「土台」作り
前述の通り、ミッションそのものは最上位の自己実現に置きつつも、それを追求するための土台として、下位の欲求もきちんと整えておく必要があります。大切なのは、欠乏欲求を「ミッション」にしないというだけで、欠乏欲求を満たすこと自体は、むしろ自己実現の前提条件になります。
どういうことかと言うと、例えば――
- 「ミッションは素晴らしいが、給料が低すぎて生活が苦しい」(安全の欲求が満たされていない)
- 「やりたい仕事に就けたが、職場の人間関係が最悪」(社会的欲求が満たされていない)
こうした状態では、いくら高尚なミッションを掲げても、そこにエネルギーを注ぐのは難しくなります。自己実現は「成長欲求」である以上、下位の欠乏欲求がある程度満たされて、初めて本気で追求できます。だからこそ、キャリアをデザインする際には、「ミッションは成長欲求に置きつつ、それを実行するための手段として、欠乏欲求をどう満たす環境を選ぶか」という立体的な視点が大切になってきます。
私の考えでは、この点においてミッションの抽象度が効いてきます。ミッションを抽象的に設定しておけば、それを実現するための「手段」は複数存在することが多いからです。繰り返しになりますが、例えば「がん患者さんのQOLを向上させる」というミッションであれば、臨床医としても、研究者としても、製薬企業の一員としても追求できます。それぞれ収入水準や働き方は異なりますから、その中でご自身のライフステージや土台の状況に合った手段を選んでいけばいいのです。
言い換えれば、ミッション自体が土台を満たしてくれるわけではありません。ただ、抽象度の高いミッションは、「土台を満たせる手段を選ぶ余地」を与えてくれる――そんな関係性だと思っています。
私自身も、人生のミッションへの情熱はありますが、それを持続可能にするためには、安定した収入、良好な人間関係、健康な心身といった土台が欠かせないと感じています。すべてを犠牲にして理想だけを追いかけてしまっては本末転倒かもしれません。

ミッションを磨くための3つのヒント
最後に、ご自身のミッションを振り返ってみるきっかけとして、私なりに考えた3つの問いを紹介したいと思います。
- そのミッションは、特定の職位や組織がなくなっても成り立ちますか? → 成り立たないなら、もう一段抽象化する余地があるかもしれません。
- そのミッションは、他者の評価なしでも追求し続けたいものですか? → 「誰にも褒められなくてもやりたい」と思えるなら、それは本物の軸だと思います。
- そのミッションを達成した後も、人生で追いかけたい方向性は残っていますか? → 達成で終わるものは、ミッションというより「通過点」なのかもしれません。
この3つの問いに胸を張って「はい」と答えられれば、そのミッションはきっと長く人生を支えてくれる軸になるはずです。
おわりに
ミッションを設定する時に大切なのは、「これは本当に自分が心から望んでいることか?」「他者の目を気にした目標になっていないか?」と、一度立ち止まって自問してみることかなと思います。もし今のミッションが承認欲求や安全の欲求レベルに留まっていると感じたら、一段上の「自己実現」の視点から、もう一度描き直してみてください。
もちろん、ミッションは一度決めたら終わりというものでもありません。人生経験を重ねる中で、少しずつ磨かれていくものだと私は思っています。だからこそ、今の段階で完璧なミッションを描こうとする必要もありません。
また、仮に現在、欠乏欲求に追われている時期だったとしても、頭の片隅に「自分にとっての自己実現は何だろう?」という問いを置いておくことには、大きな意味があるように思います。きっと、その問いが日々の選択を導いてくれる羅針盤となってくれるはずです。
人生100年時代。たとえ一日に数ミリしか進めなくても、長い時間をかければ、自分だけの自己実現に近づいているのではないでしょうか。
それでは、今回はこのあたりでおしまいにしたいと思います。
また次の記事でお会いしましょう!