研究留学

グローバルに輝く!多様性の中で感じる日本人研究者としての恩恵


さっそくですが、私はアメリカに移住してから、これまでに様々なフェローシップやグラント、アカデミックポジションの公募に目を通してきました。

その中で特に私の目を引いたのが、ライフサイエンス分野のUnderrepresented groupを支援・優遇するプログラムが実に多いことです。

Underrepresented groupとは、科学・技術・工学・数学(STEM)の分野において、その人口に比して十分な代表性を持たないグループのことを指します。具体的には、特定の人種、民族、性別、障がいの有無、社会経済的地位などによって定義され、アメリカではアフリカ系アメリカ人、ヒスパニック系、ネイティブアメリカン、太平洋諸島出身者などが、しばしばこのカテゴリーに含まれます。

このUnderrepresented groupを支援・優遇する背景にはたくさんありますが、その一例として、多様性の促進、新たな視点の提供、創造性の強化、問題解決能力の向上などが挙げられます。

ここで重要な点として、一般的に我々「日本人」はこのグループには含まれません。そのため、これらのプログラムには応募資格がなかったり、応募しても採用されにくい可能性があります。実際に私も、優遇措置がある公募に落とされた悔しい経験があり、その都度「日本人研究者としてどのような恩恵を受けているのか」と自問自答してきました。

しかし、このような漠然とした疑問を抱えながら様々なバックグラウンドを持つ同僚や友人たちと共に仕事をしていく中で、最近になって見過ごしていた恩恵にようやく気がつき始めました。

そこで、今回は「海外で働く日本人研究者としての恩恵」について、私なりの考えを皆さんと共有したいと思います。このテーマにはデリケートな側面もありますが、偏見や選民思想などを持たずに語ることを前提としています。

また、この記事を読んでご意見などがありましたら、右下のチャット画面でお気軽にメッセージをお寄せください。

 

成功体験の共有

現在では、世界中で活躍している日本人研究者が数多くおり、私たちは彼らの成功体験から学ぶことができます。特に、近年はNoteやX(旧Twitter)、YouTubeなどのプラットフォームを通じて、個人レベルでの情報発信がしやすくなっています。そのため、たくさんの方が自分の培った知識やノウハウを日本語で余すことなく発信してくれています。

例えば、K99グラントの申請方法や、海外のファカルティポジションの獲得方法など、貴重な資料を簡単に入手することが出来ます。

このような母国語で質の高い情報にアクセスできることは、海外でキャリアを築く日本人研究者にとって大変ありがたいことです。

また、私は気になる日本人研究者の方がいると積極的に連絡をとるようにしていますが、今のところ100%の確率で1:1でお話する機会に恵まれています。そして、たとえ面識がなくても、皆さん貴重な情報を惜しみなく提供してくださり、本当に頭が下がる気持ちでいっぱいです。

 

グローバルな環境に挑戦できる

次に、日本人研究者は世界を舞台に色んなことに挑戦できるチャンスにも恵まれています。

たとえば、医学博士(MD, PhD)でありながら海外でポスドクを経験しているのは、偶然かもしれませんが、私の周りでは日本人だけです。日本で臨床医として博士号を取得する過程は非常に厳しいものでしたが、その後に海外でポスドクとして働けているのは、実際のところは恵まれている環境だといえます。

これは、日本の研究が国際的にも通用するレベルであること、さらには国内で研究留学を支援する助成金や奨学金が豊富にあることが要因です。特に金銭的な支援をしてくれている各機関は本当にありがたい存在だと思います。

諸外国と比較すると日本では兵役制度がないことも、グローバルな挑戦を可能にしている重要なファクターです。「未来」への投資としての基礎研究には、「現在」の社会情勢が安定していることが前提条件なように感じます。

 

医師と同じように、企業研究者が海外のアカデミアに留学しているパターンも、私の周りでは日本の方だけです。長期投資として企業のサポートを受けながら学術研究に取り組めるのは、恵まれた環境だといえます。

個人的な経験からいうと、このような方が周りにいると製薬企業の研究スタイル研究医に何が求められているかなどについて、意見を聞くことができて非常に勉強になりました。またMD+PhDとしての自分の強みや弱みも自覚することが出来たように思います。

 

日本人コミュニティの存在

アメリカ国内には、ポスドク、臨床医、バイオテック、同じ大学出身者など、多種多様な日本人コミュニティが存在しています。これらのコミュニティは、専門的な情報共有だけでなく、キャリアアドバイスや新しい就職先の提案、さらには個人的な相談まで、幅広いサポートを提供してくれる貴重な存在です。

特に、海外で研究生活を始めたばかりの方にとって、同じバックグラウンドを持つ先輩研究者からのアドバイスは、文化の違いや言葉の壁に戸惑う中で、大きな支えになります。また、コミュニティを通じて形成されるネットワークは、将来のキャリアにも役立つはずです。

一方、1つだけ注意点を挙げるとすれば、これらのコミュニティは非常に重要ですが、せっかくはるばる海外に来たので、あまり内向きになりすぎないよう、そこで得た知見や人脈を活かしながら、グローバルな環境に溶け込んでいくことも大切です。

 

キャリアパスの多様性

諸外国から来たポスドクの中には、故郷に帰るとサイエンス関連の職業に就くのが難しいケースがあります。

一方で、アメリカほどではないものの、日本ではアカデミアや産業界において科学に携わる機会が存在し、日本の研究者は帰国後もキャリアを継続できる選択肢を持っています。

海外で経験を積んだ日本人研究者にとって、母国に戻っても研究を継続できるチャンスがあるという事実は精神的にも大きなサポートになります。もちろん、年収や任期、さらには研究費などの無視できない問題も多々ありますが。

 

実例紹介

次に、私が実際に「日本人」であることから恩恵を受けた2つのエピソードを紹介したいと思います。

臨床医からのサポート

私が取り組んでいるプロジェクトの一つは、アメリカの臨床医と協力しながら進めています。幸いなことに、このチームにアメリカで診療している日本人医師も含まれており、その方から強力なサポートを頂いています。

ご存知の通り、基礎研究、特にトランスレーショナル研究において実験データと臨床データの関連付けは非常に重要です。なので、この方の存在は非常にありがたいです。

日本の製薬企業からのサポート

これは私の同僚のプロジェクトですが、その研究で日本の製薬企業が開発した薬剤を使う必要性がありました。私は日本で診療していた頃に製薬企業の方々と知り合っていたので、その繋がりを活かしてラボメイトに担当の方を紹介しました。

その結果、一部の煩雑なプロポーザル作業が割愛され、MTA(Material Transfer Agreement; 材料移転契約)まで非常にスムーズに持っていくことが出来ました。私は以前に、外資系企業のグローバル部門とのやり取りでプロポーザルを却下された経験があるので、今回のコラボレーションが円滑に進んだのは嬉しかったです。

Securing Scarce Reagents: Lessons Learned from MTA Negotiations
MTA (Material Transfer Agreement)とは|契約によって得られた教訓基礎研究を行っていると、まだ保険承認されていない臨床試験段階の薬剤を実験に使いたいことがしばしばあります。 しかし、そのような場合...

 

まとめ

以上が、私がこれまでに感じた海外のアカデミアにおける「日本人」としての恩恵でした。

面白いことに、日本にいた頃は自分自身をあえて「日本人」として強く意識することはなかったです。しかし、海外に出たことで、このアイデンティティをはっきりと意識するようになりました。多様性が重んじられる環境において、自分自身をどう捉え、それを最大限生かすことは非常に大切だと思います。

一方で、日本人としてのアイデンティティを大切にしながらも、他文化を理解し尊重する姿勢も国際社会においては不可欠です。現代の高度に専門化された社会では、個々人の努力には限界があり、他者との協力によって得られる成果は指数関数的に増加します。この観点からも、多様なバックグランドを持つ人々を受入れ、協力することはとても重要です。

 

このように留学するということは科学的な知識や技術を学ぶだけでなく、自分自身の根底にある価値観や立ち位置を見つめ直し、グローバルな視点を育む貴重な経験も提供してくれるように思います。

挑戦に満ちた海外生活ですが、この記事がこれから研究留学を考えている方々の参考になってくれれば幸いです。

それでは、以上になります。

最後まで読んで頂きありがとうございました!

【お知らせ】DEIってなに?というあなたへ


最後に、イベントのご案内です。

こちらのイベントは予定通り2024年5月10日に行われました。ご参考までに、開催前の告知内容を以下に残しておきます。

 

 

この記事では、underrepresented groupというトピックを元に、「日本人研究者としての恩恵」というテーマで私の考えを述べさせて頂きました。また、自分のアイデンティティを大切にしながらも、異なる背景を持つ相手を理解し尊重することの重要性についても軽く触れました。

実は、この軽く触れた部分をさらに掘り下げるイベントが2024年5月10日に開催されます。それは、外山玲子先生による特別講演「アメリカで肌で感じたDiversity Equity Inclusion and Accessibility (DEIA)」です。

正直なところ、私自身もつい最近までDEIという言葉を知りませんでした。なので、ここで少し説明を加えておきましょう。

DEIとは多様性(Diversity)、公平性(Equity)、包括性(Inclusion)を表すフレーズで、組織や社会において様々な背景を持つ人々が公平に扱われ、その能力を十分に発揮できる環境を作ることを目的としています。

様々な価値観や経験を持つ人々と協力することは、研究の質を高め、新たなイノベーションを生み出す原動力となります。この観点からも、海外で研究されている方はもちろん、これから国際共同研究や海外の大学への進学を考えている方など、ぜひこの機会にDEIについて理解を深めてみてはいかがでしょうか。ちなみに、私も参加して学ばせて頂く予定です。

本イベントの開催日時は以下の通りです。